カスハラ対策は、2026年10月の義務化への対応が当面の課題になります。ですが2026年7月15日に公表された労災統計は、カスハラがすでに「起きた後」の局面でも扱われていることを示しています。しかも労災の認定基準は、顧客等の言動そのものだけでなく、それを把握した会社が何をしたかを評価の視点に含めています。この記事では、公表された件数と認定基準の記載を確認しながら、対策として何を記録に残す必要があるかを整理します。
この記事でわかること
- 2026年7月公表の労災統計で、カスハラを原因とする精神障害が何件認定されたか
- 前年度と比べて増えているのは何か、変わっていないのは何か
- 労災の認定基準が、心理的負荷の評価で「会社の対応」をどう扱っているか
カスハラ起因の精神障害、労災の支給決定は127件
厚生労働省が2026年7月15日に公表した令和7年度「過労死等の労災補償状況」によれば、業務災害に係る精神障害のうち、出来事が「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」ものの支給決定件数は127件でした(別添資料2 表2-8)。
出来事別で見ると、最も多いのは「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」222件です。カスハラに相当する本類型の127件は、「セクシュアルハラスメントを受けた」127件と並んで、それに次ぐ水準にあたります。精神障害全体では、請求件数4,958件(前年度比1,178件の増加)、支給決定件数1,082件(同26件の増加)と公表されています。なお支給決定件数は、令和7年度中に業務災害等と認定した件数であり、前年度以前の請求分を含みます。
増えているのは、認定された数だけではない
同じ表を前年度と並べると、変化の中身が見えてきます。
- 令和6年度:決定件数207件、うち支給決定108件
- 令和7年度:決定件数240件、うち支給決定127件
支給決定が19件増えた一方で、決定件数(その年度に判断が行われた事案の数)も33件増えています。決定件数に占める支給決定件数の割合を単純に計算すると、令和6年度が約52%、令和7年度が約53%で、大きくは動いていません。なおこの表から読み取れるのは、判断された件数と支給決定件数がいずれも増えたことまでで、この類型の請求件数の増減や、認定の傾向そのものの変化までは確認できません。
同じ期間、パワーハラスメントの支給決定件数は224件から222件へとほぼ横ばいでした。増加が目立つのは、カスハラに相当するこの類型のほうです。
また、令和7年度の支給決定127件のうち98件は女性でした(同表の内数)。前年度も108件中78件が女性で、いずれの年度も女性が7割を超えています。
認定基準は「その後の会社の対応」を評価の視点に置いている
この出来事の類型は、令和5年9月1日付け基発0901第2号「心理的負荷による精神障害の認定基準について」の別表1(業務による心理的負荷評価表)に、具体的出来事の一つとして掲げられています。厚生労働省は同基準の改正概要で、この類型を「いわゆるカスタマーハラスメント」と説明しています。同表は「著しい迷惑行為」を、暴行、脅迫、ひどい暴言、著しく不当な要求等と注記しています。
心理的負荷を総合評価する視点として挙げられているのは、迷惑行為に至る経緯や状況、内容や程度、顧客等との職務上の関係、反復・継続など執拗性の状況、その後の業務への支障、そしてもう一つ、「会社の対応の有無及び内容、改善の状況等」です。
心理的負荷が「強」になる例には、次のような場合が含まれています。
心理的負荷としては「中」程度の迷惑行為を受けた場合であって、会社に相談しても又は会社が迷惑行為を把握していても適切な対応がなく、改善がなされなかった
顧客等から受けた言動が同程度であっても、会社が把握した後に何をしたかによって、評価が変わりうる位置づけになっています。ただし会社の対応は、行為の内容や程度、反復・継続の状況、業務への支障などとともに総合評価される要素の一つで、これだけで結論が決まるものではありません。
同表の「強」になる例には、会社の対応に触れずに挙げられている場合も並んでいます。顧客等から治療を要する程度の暴行等を受けた場合と、暴行等・人格や人間性を否定するような言動・社会通念に照らして許容される範囲を超える著しい迷惑行為のいずれかを、反復・継続するなどして執拗に受けた場合です。会社が対応していれば評価が下がる、という関係ではありません。
義務化への対応と、労災の局面で確認されることは同じではない
2026年10月1日に施行される改正労働施策総合推進法により、カスハラ対策は事業主の措置義務になります。求められる措置には、方針の明確化と周知、相談体制の整備などが含まれます(措置の具体的な内容は指針で示されており、ここに挙げたのは代表的なものです)。施行日は対応の起点であって、そこで完了する種類のものではありません。
一方、労災の局面で確認されるのは、個別の事案について「何が起きたか」「会社が把握していたか」「どう対応したか」「その後改善したか」という事実です。枠組みが整っていることと、評価に関係しうる事実を事案ごとに整理できる状態にしておくことは、別のことになります。
残すべき記録は、出来事と会社の対応の二種類
記録は、性質の違う二つに分かれます。
- 出来事側の記録:何を言われたか、どれくらいの時間続いたか、何回繰り返されたか
- 会社側の記録:従業員から相談を受けた事実、上長や相談窓口への引き継ぎ、実際に取った対応、その後の状況
通話録音が担うのは主に前者です。会社がいつ把握し、そこから何をしたかは、録音そのものには残りません。相談を受けた記録と対応の記録を別に残しておかないと、認定基準が視点として挙げている「会社の対応の有無及び内容、改善の状況」を示す材料が揃わないことになります。記録があれば労災認定を避けられる、記録がなければ不利が確定する、という単純な関係ではありません。ただし記録がなければ、後から事実を確認することは難しくなります。
記録・証拠の残し方全般はカスハラの記録・証拠の残し方、録音の法的な位置づけと証拠としての扱いは通話録音は違法?証拠の扱い、義務化で求められる措置の中身は2026年10月、カスハラ対策が義務化で整理しています。
まとめ
- 令和7年度の労災補償状況では、カスハラに相当する出来事による精神障害の支給決定が127件(前年度108件)だった。
- 決定件数も207件から240件へ増えており、支給決定の割合は約52%から約53%とほぼ横ばい。ただしこの表からは、請求件数の増減や認定傾向の変化までは読み取れない。
- 同期間、パワーハラスメントの支給決定は224件から222件でほぼ横ばい。
- 認定基準は、心理的負荷の総合評価の視点に「会社の対応の有無及び内容、改善の状況等」を含めている。ただし会社の対応は総合評価の一要素で、行為自体が執拗・重大な場合は対応の有無に関わらず「強」の例に挙げられている。
- 出来事の記録と、会社側の対応記録は別物であり、通話録音だけでは後者は残らない。
電話や窓口でのカスハラについて、出来事の記録と会社側の対応記録の両方を後から示せる状態になっているか確認したい場合は、現在の電話環境、相談の受付経路、記録の保存方法を整理したうえでご相談ください。
本記事で紹介した件数は、厚生労働省が2026年7月15日に公表した令和7年度「過労死等の労災補償状況」(別添資料2「業務災害に係る精神障害に関する事案の労災補償状況」表2-8)によるものです。認定基準の記載は、令和5年9月1日付け基発0901第2号「心理的負荷による精神障害の認定基準について」別表1および同基準の改正概要によります。義務化の施行日と措置義務については、厚生労働省の公表資料(職場におけるハラスメントの防止のために、カスタマーハラスメント防止指針=令和8年厚生労働省告示第51号)によります。最新の情報は厚生労働省の公表資料でご確認ください。本記事は一般的な情報の整理であり、法的助言ではありません。個別の事案が労災に当たるかどうかは、所轄の労働基準監督署の判断によります。