「カスハラ対策が義務化される、とは聞いたけれど、結局いつから、何をすればいいのか」——そう感じている経営者・人事・現場責任者の方は少なくないと思います。報道では「義務化」という言葉が先行しがちですが、大切なのは、施行日と、企業が実際に求められる措置の中身を正確に押さえることです。
この記事では、改正労働施策総合推進法によるカスハラ対策義務化について、施行スケジュールと事業主が講ずべき措置を整理し、それを「企業が今から準備しておきたいこと」に翻訳して解説します。なお、本記事は制度の概要を分かりやすく伝えるためのもので、個別の法的助言ではありません。最終的な判断は、必要に応じて専門家や行政の窓口にご確認ください。
いつから義務化されるのか
カスハラ対策義務化の根拠となるのは、改正労働施策総合推進法です。すでに2025年6月に公布されており、2026年10月1日に施行されます。対象は一部の大企業にとどまらず、全企業です。中小企業も例外ではありません。
あわせて、措置の具体的な内容を示すカスハラ防止指針が2026年2月26日に公布されています。企業が「何を、どこまで」やればよいかは、この指針が基準になります。
施行までの流れを整理すると、次のようになります。
| 時期 | 内容 |
|---|---|
| 2025年6月 | 改正労働施策総合推進法 公布 |
| 2026年2月26日 | カスハラ防止指針 公布 |
| 2026年10月1日 | 施行(全企業対象・中小も含む) |
施行日まで、まだ時間があるように見えるかもしれません。しかし後述するとおり、求められるのは方針の策定・周知から相談体制、対応フロー、記録・再発防止までの一連の仕組みづくりです。前倒しで準備を始めておくことをおすすめします。
義務化される「カスハラ」とは何か
そもそも法律が想定するカスタマーハラスメントとは、顧客等の言動であって、社会通念上許容される範囲を超え、労働者の就業環境が害されるものを指します。
ここで注意したいのは、正当なクレームとカスハラは違うという点です。事実にもとづく改善要望や、相当な手段でなされる苦情は、正当なクレームであり、義務化の対象として排除されるべきものではありません。問題になるのは、要求の内容や手段・態様が社会通念上の一線を越え、働く人の就業環境を害する場合です。
自社の現場で起きている事象がこのラインに当たるのか迷うときは、これってカスハラ?で当てはまる項目を確認してみてください。判断の考え方の整理にも役立ちます。
違反するとどうなるのか
義務化と聞くと、違反した場合に直ちに罰金や刑罰が科されるのか、と心配される方がいます。この点は正確に押さえておきましょう。
カスハラ対策義務に違反した場合に想定されているのは、報告徴求・助言・指導・勧告、そして勧告に従わない場合の公表です。刑事罰ではありません。
ただし、刑事罰がないからといって軽視してよいわけではありません。行政指導や、勧告に従わなかった場合の企業名公表は、取引先・求職者・従業員からの信頼に直接かかわります。何より、対策の本来の目的は、働く人を守り、就業環境を健全に保つことにあります。罰則の有無で線を引くのではなく、自社の従業員を守る仕組みとして整えていく姿勢が大切です。
企業が講ずべき4つの措置
事業主に求められる措置は、大きく次の4つに整理できます。これを「企業が今からやること」に置き換えながら見ていきます。
① 方針の明確化と周知
第一に、カスハラに対する企業の方針を明確にし、従業員に周知することです。「当社はカスタマーハラスメントを許容しない」「従業員を守る」という姿勢を、就業規則や社内規程、あるいは方針文書として明文化します。
ここで重要なのは、方針が現場の判断を支える「拠り所」になるという点です。何がカスハラに当たり得るのか、どこまでが許容範囲なのかの考え方を、組織として共有しておくことで、現場の担当者が一人で抱え込まずに済みます。あわせて、顧客等に向けて方針を掲示・公表する企業も増えています。
② 相談体制の整備
第二に、カスハラを受けた、あるいは目撃した従業員が相談できる窓口を整えることです。窓口は社内に設置する場合もあれば、外部に委託する場合もあります。
大切なのは、相談したことで不利益な扱いを受けない、という安心感です。「相談しても無駄」「言い出しにくい」と感じられる窓口では機能しません。誰が、どのように受け、どこへつなぐのかを決めておく必要があります。
③ 事案への適切な対応
第三に、実際にカスハラが起きたときに、適切かつ迅速に対応することです。これは現場任せにせず、組織としての対応フロー、すなわちマニュアルとして整えておくのが現実的です。
たとえば電話対応では、暴言や長時間拘束、過剰要求といった場面ごとに、どこで上長に交代するのか、どの段階で終話を判断するのかを、あらかじめ決めておくことで、担当者の負担を大きく減らせます。具体的な作り方は、カスハラ電話対応マニュアルの作り方で手順を追って解説しています。
④ 記録と再発防止
第四に、事案を記録し、再発防止につなげることです。発生した事案を担当者の記憶だけにとどめず、組織として確認・共有できる形で残します。記録は、同種の事案への備えや、対応の改善、必要に応じた関係機関への相談の材料になります。
これら4つの措置は、それぞれが独立しているのではなく、方針 → 相談 → 対応 → 記録・再発防止という一連の流れとしてつながっています。
録音・記録は、どの措置に効くのか
4つの措置を見ると、記録の重要性が繰り返し出てくることに気づきます。録音をはじめとする記録の仕組みは、特に③事案への適切な対応と④記録・再発防止に直接効きます。
電話の現場では、何が起きたのかが担当者の主観的な記憶に頼りがちです。録音があれば、言動の事実を客観的に確認でき、上長交代や終話の判断、組織としての線引きを支える材料になります。また、記録が残ることで、被害を個人の中に閉じ込めず、会社が確認し対応する前提が整います。
ただし、録音だけで義務が果たされるわけでも、現場が守られるわけでもありません。方針・相談窓口・対応フローとあわせて運用してはじめて意味を持ちます。録音が現場をどう変えるか、何に注意して導入するかは、録音という対策でくわしく解説しています。
国の義務と、自治体の条例という二層構造
カスハラ対策をめぐっては、国の措置義務に加えて、自治体の条例という二層の動きがあることも押さえておきましょう。
国レベルでは、これまで述べてきた改正労働施策総合推進法による措置義務があります。これとは別に、自治体が独自にカスハラ防止条例を制定する動きが広がっています。東京都・北海道・群馬県が2025年4月1日に施行し、これが全国初の例となりました。
ただし、これらの条例の多くは努力義務にとどまり、罰則は設けられていません。国の措置義務とは性質が異なります。現在、複数の県で同様の条例が検討されているとされ、今後さらに広がる可能性があります。自社の所在地・事業地域の条例の有無も、あわせて確認しておくとよいでしょう。
制度の全体像と最新の動向は、法令・義務化で整理しています。
費用面の後押しもある
体制整備にはコストがかかります。相談窓口の設置、マニュアル作成、録音環境の導入など、特に中小企業にとっては負担に感じられる部分もあるかもしれません。
こうした取り組みには、国や自治体の助成金・補助金を活用できる場合があります。対象や金額は制度や時期によって異なるため、ここで断定はしませんが、費用面を後押しする選択肢があることは知っておいて損はありません。詳しくは助成金・補助金でご確認ください。
まとめ
- カスハラ対策は、改正労働施策総合推進法により2026年10月1日から全企業に義務化される。中小企業も例外ではない。
- 違反時に想定されるのは報告徴求・助言・指導・勧告・公表であり、刑事罰ではない。
- 事業主が講ずべき措置は、①方針の明確化・周知 ②相談体制の整備 ③事案への適切な対応 ④記録・再発防止の4つ。これらは一連の流れとしてつながっている。
- 録音・記録は③④に直接効くが、それ単独ではなく、方針・相談・対応とあわせて運用することが前提。
- 国の措置義務に加え、自治体のカスハラ防止条例(多くは努力義務・罰則なし)という二層構造がある。
正当なクレームを排除するためではなく、一線を越えた言動から従業員を守るために、いまから一歩ずつ準備を進めていくことが大切です。制度の詳細は厚生労働省のカスタマーハラスメント対策のページもあわせてご確認ください。
なお、本記事は2026年6月時点の情報にもとづいています。最新の内容は必ず公式の情報源でご確認ください。