カスハラ対策というと、店舗やコールセンターに電話をかけてくる「顧客」への対応を思い浮かべがちです。しかし、2026年10月1日から事業主に求められる防止措置を確認すると、対策の対象は現在の購入者や利用者だけではありません。厚生労働省のカスハラ防止指針は、潜在的な顧客、取引の相手方、施設・サービスの利用者とその家族、近隣住民なども「顧客等」に含めています。

これは対象を広げて、苦情を何でもカスハラ扱いするという話ではありません。相談の入口と記録の範囲を「顧客対応部門」だけに閉じると、営業、施設管理、総務などで起きた事案が組織の対応から漏れるという話です。この記事では、防止指針に沿って、誰からのどのような言動を、どの部門で受け止め、何を記録するのかを整理します。

この記事でわかること

  • カスハラ防止指針の「顧客等」に含まれる相手の範囲
  • 正当な苦情とカスハラを、相手の属性だけで決めてはいけない理由
  • 相談窓口と記録を、顧客対応部門の外までつなぐ設計

「顧客等」は、現在の購入者だけではない

カスハラ防止指針がいう「顧客等」は、事業主の事業に関係する者です。例として、次のような相手が挙げられています。

  • 商品を購入した人やサービスを利用した人
  • これから購入・利用する可能性がある潜在的な顧客
  • 事業の内容などについて問い合わせをする人
  • 取引先の担当者、契約交渉中の相手
  • 施設・サービスの利用者とその家族
  • 施設の近隣住民

電話やWebフォームからの問い合わせは、契約前であっても事業に関係する接点です。取引先との打ち合わせ、施設の利用に関する申し入れ、近隣からの連絡も同じです。相手がまだ顧客名簿に登録されていないからといって、カスハラ対策の対象外になるわけではありません。

この範囲を把握しないまま「顧客からの迷惑行為」という言葉だけで社内規程を作ると、営業担当が取引先から受けた威圧的な言動や、施設管理者が近隣住民から受けた執拗な要求が、相談窓口につながらない可能性があります。

線引きは、相手の属性ではなく言動と就業環境で見る

「顧客等」に含まれるからといって、その人の苦情がカスハラになるわけではありません。防止指針は、カスハラを次の三つの要素がすべて満たされるものとして整理しています。

  1. 顧客等の言動である
  2. 業務の性質などに照らして、社会通念上許容される範囲を超えている
  3. その言動によって労働者の就業環境が害されている

客観的にみて社会通念上許容される範囲で行われた申入れは、正当な申入れであってカスハラには当たりません。一方で指針は、「言動の内容」と「手段や態様」の一方だけが許容範囲を超える場合も該当し得るとしています。手段や態様の例としては、脅迫や人格を否定する言動、長時間の居座りや電話による拘束、同様の質問やメールを執拗に繰り返すことなどが挙げられています。

判断のために必要なのは、相手を「要注意顧客」として先に分類することではなく、何が起きたのかを後から確認できる状態です。要求の内容だけでなく、言動の具体的な内容、時間、頻度、対応の経緯、従業員への影響を分けて残すことが、線引きを組織で行う土台になります。

相談窓口を「顧客対応部門」の中だけに置かない

防止指針は、労働者からの相談に対応する窓口をあらかじめ定め、周知することを事業主に求めています。窓口を設けても、電話担当者だけが知っていて営業や施設管理の担当者が知らなければ、顧客対応部門の外で起きた事案は窓口に届きません。

まず、自社と事業に関係する相手との接点を洗い出します。たとえば次のような分け方です。

  • 顧客・潜在顧客・問い合わせ:店舗、コールセンター、営業、サポート
  • 取引先・契約交渉の相手:営業、購買、法務、管理部門
  • 施設・サービスの利用者と家族:現場責任者、施設管理、相談担当
  • 近隣住民:拠点管理、総務、警備、現場責任者

部門ごとに別の相談先を作る必要があるとは限りません。共通窓口に集約しても構いませんが、受けた担当者が誰へ引き継ぎ、どの段階で上長や関係部門へ共有するのかを決めておくと、部門をまたぐ事案でも引き継ぎが止まりにくくなります。指針も、相談窓口の担当者と関係部門が連携できる仕組みを例に挙げています。

記録するのは「相手の発言」だけではない

防止指針は、発生した事案の内容や対応経緯を必要に応じて記録し、個人情報の取扱いに留意して関係部門に共有し、再発防止に活用することを示しています。ここでいう記録は、相手の発言を一言一句残すことだけではありません。

最低限、次の項目を一つの事案として結び付けておくと、後から確認しやすくなります。

  • 相手と自社の関係:顧客、問い合わせ、取引先、利用者、近隣住民など
  • 発生日時・場所・連絡経路:電話、対面、メール、SNS、担当部署
  • 言動と要求の内容:評価や感想ではなく、確認できる事実を中心に記載
  • 継続性と対応経緯:何回続いたか、誰が対応し、どこで引き継いだか
  • その後の判断と対応:相談、上長交代、終話、関係部門への共有、再発防止

「悪質な顧客だった」というラベルだけでは、別の担当者が事実を確認できません。逆に、すぐにカスハラと断定できない事案でも、相談を受けた事実と確認した経緯が残っていれば、放置せずに見直す材料になります。

電話の録音は、記録の一部として組み込む

電話対応では、担当者のメモだけで経緯を再現することが難しい場面があります。防止指針は、あらかじめ定めた対処の例として顧客等とのやり取りの録音・録画を挙げ、個人情報保護法などを守って顧客等の個人情報を適切に扱うよう記載しています。また、相談後の事実確認では、録音・録画などの客観的な証拠を確認することも例示されています。

ただし、録音を始めれば防止措置を満たす、録音があれば事案への対応が終わる、という意味ではありません。録音は「何が話されたか」を確認する材料です。相談を受けた日時、上長へ共有した時刻、担当者の交代、従業員への配慮、再発防止の検討は、別の記録として残ります。

録音データにも顧客等の個人情報が含まれ得ます。指針は録音・録画に当たって個人情報保護法などの遵守を求めていますが、利用目的、保存期間、閲覧権限、共有範囲、削除方法をどう定めるかまでは示していません。これらを電話対応の手順と一緒に整理しておくと、運用時の判断が分かれにくくなります。録音をどのようにカスハラ対策へ組み込むかは録音という対策、既存の電話環境に導入する形態の比較は通話録音システムの選び方で整理しています。

取引先の従業員が関係する事案は、別の会社にもつながる

防止指針は、行為者が他の事業主に雇用される労働者や、他の事業主である場合にも触れています。たとえば、自社の従業員が取引先の担当者から言動を受けた場合、必要に応じて相手側の事業主へ事実確認への協力を求める場面があります。逆に、自社の従業員が別の会社の従業員へ不適切な言動をしていた場合には、相手側から協力を求められることもあります。

この場面で必要なのは、相手の会社を一方的に責める仕組みではありません。誰がどの会社に雇用され、どの契約や業務の場で、何が起きたのかを確認し、関係する会社同士で必要な情報を扱える状態です。記録の共有範囲を広げるときは、個人情報や相談者のプライバシーにも配慮し、法務・人事などと取り扱いを確認します。

義務化で求められる措置の全体像は2026年10月、カスハラ対策が義務化、正当なクレームとの線引きの考え方は正当なクレームとカスハラの違い、記録の残し方全般はカスハラの記録・証拠の残し方で整理しています。

まとめ

  • カスハラ防止指針の「顧客等」には、現在の顧客だけでなく、潜在顧客、問い合わせをする人、取引先、契約交渉の相手、施設利用者と家族、近隣住民などが含まれる。
  • 相手の属性だけでカスハラと決めるのではなく、言動が許容範囲を超えたか、就業環境が害されたかを含めて、事案ごとに確認する。
  • 相談窓口は顧客対応部門だけで完結させず、営業、施設管理、総務などの接点からもつながるようにする。
  • 記録は発言だけでなく、相手との関係、発生経路、対応経緯、共有、再発防止までを結び付ける。
  • 録音・録画は客観的な事実確認の材料になるが、それだけで防止措置や組織対応が完了するわけではない。個人情報の取扱いも含めて運用する。

自社のカスハラ対策が顧客対応部門だけに閉じていないか、電話・対面・メールなどの記録が相談窓口と関係部門につながるかを確認したい場合は、現在の窓口、電話環境、記録の保存方法を整理したうえでご相談ください。録音・通話記録を含む組織的な対応基盤の導入を検討する事業主向けのご相談です。

本記事の「顧客等」の範囲、カスハラの三要素、相談窓口・記録・録音に関する記述は、厚生労働省の事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和8年厚生労働省告示第51号)によります。2026年10月1日からの義務化については、厚生労働省が運営する「あかるい職場応援団」に2026年7月8日に掲載された有識者コラムカスタマーハラスメント、求職者等に対するセクシュアルハラスメントの法制化(成蹊大学法学部教授・原昌登氏執筆)も参照しました。同コラムは執筆者個人による解説であり、厚生労働省の公式見解を示すものではありません。個別の事案における法的判断や、個人情報の取扱いは、最新の公表資料と専門家にご確認ください。