「困った電話があったとき、現場が何を基準に、どこまで対応すればいいのか」——カスタマーハラスメント(カスハラ)への備えを進めるなかで、最初に必要になるのが対応マニュアルです。とりわけ電話は、相手の表情が見えず、その場の判断を担当者ひとりに委ねがちな場面です。だからこそ、判断のものさしと手順をあらかじめ言葉にしておくことが、現場を守る土台になります。

この記事では、カスハラの電話対応マニュアルに盛り込むべき項目を体系的に整理し、作成の手順を解説します。あわせて、正当なクレームを萎縮させないための線引きや、録音・記録の運用設計についても触れます。なお本稿は一般的な情報提供であり、個別の法的助言ではありません。具体的な制度対応は、社内規程や専門家とあわせてご確認ください。

なぜいま、電話対応マニュアルが必要か

2026年10月1日から、改正労働施策総合推進法により、事業主のカスタマーハラスメント対策が義務化されます。対象は全企業です。事業主が講ずべき措置として、おおむね次の4点が求められます。

  1. 方針の明確化と周知 — カスハラに組織として対応する姿勢を定め、従業員に知らせる。
  2. 相談体制の整備 — 相談に応じ、適切に対応するための窓口や体制をつくる。
  3. 事案への適切な対応 — 実際に起きたカスハラへ、組織として対処する。
  4. 記録と再発防止 — 事案を記録し、振り返り、再発を防ぐ。

電話対応マニュアルは、これらの措置を現場の手順に翻訳したものです。方針を掲げるだけでは現場は動けません。「誰が、どの段階で、何をするか」を具体化してはじめて、義務が日々の業務として機能します。義務化の全体像は法令・義務化で整理しています。

マニュアルに盛り込むべき、7つの項目

以下では、措置の4点に対応づけながら、マニュアルの構成要素を順に見ていきます。

項目内容対応する措置
①定義と線引きカスハラの定義、正当なクレームとの区別方針の明確化
②初期対応傾聴と事実確認の進め方適切な対応
③エスカレーション基準一人で続けない判断ライン相談体制/適切な対応
④終話・上長交代通話を切り上げ、対応を引き継ぐ手順適切な対応
⑤録音・記録の運用告知・保存・閲覧権限の設計記録・再発防止
⑥相談体制と再発防止窓口、共有、振り返りの仕組み相談体制/再発防止
⑦従業員のケア対応後のフォロー、心理的負担への配慮適切な対応

①カスハラの定義と、正当なクレームとの線引き

マニュアルの冒頭には、カスハラの定義を置きます。厚生労働省の考え方では、カスタマーハラスメントは「顧客等の言動のうち、社会通念上許容される範囲を超えたものにより、労働者の就業環境が害されるもの」と整理されています。

ここで欠かせないのが、正当なクレームとの線引きです。正当なクレームは、事実にもとづく改善・対応の要望であり、目的は問題の解決にあります。マニュアルがこの区別を曖昧にすると、現場が正当な苦情まで「カスハラ」と身構え、本来応えるべき声を萎縮させてしまいます。

線引きの基準は、おおむね次の3つの要素から総合的に判断します。

  • 要求内容に妥当性があるか — 事実誤認や言いがかりではないか。
  • 手段・態様が相当か — 暴言・威圧・長時間拘束など、社会通念に照らして不相当でないか。
  • 就業環境が害されているか — 担当者が精神的苦痛を受け、業務に支障が出ていないか。

要求の内容が正当でも、手段や態様が不相当であればカスハラに当たり得る——この点をマニュアルに明記しておくことが、現場の判断を支えます。判断の詳しい解説は電話で起きる典型例と判断の3基準で、その場の確認にはこれってカスハラ?が役立ちます。

あわせて、配慮が必要な相手への視点も書き添えます。顧客側に事情がある場合、障害特性や認知症などにより意思疎通が難しい場合は、言動の表れだけで一律に判断せず、状況をふまえて丁寧に対応する姿勢が求められます。線引きは、相手を切り捨てるためではなく、一線を越えた言動から従業員を守るためのものです。

②初期対応 — まず傾聴し、事実を確認する

最初の段階の基本は、傾聴と事実確認です。相手の話を遮らずに聴き、何が起きたのか、何を求めているのかを整理します。この段階では、相手の感情が高ぶっていても、まずは事実関係の把握に努めます。

マニュアルには、初期対応で使う具体的な所作を書いておきます。

  • 名乗りと、相手の用件の確認
  • 相手の主張を要約して返し、認識のずれを埋める
  • 事実関係(日時・経緯・対象)の確認
  • 即答できない事柄は、その場で安請け合いしない

多くの問い合わせは、この段階で解決に向かいます。初期対応を丁寧に設計することは、不要な摩擦を生まないという意味でも重要です。

③エスカレーション基準 — 一人で続けない判断ライン

電話対応で最も大切なのが、担当者ひとりで抱え込まない判断ラインを定めることです。「もう少し頑張れば収まるはず」という我慢が、被害を長引かせ、担当者を消耗させます。

マニュアルには、次のようなエスカレーションの目安を具体的に列挙します。

  • 暴言・人格否定や、担当者個人への攻撃が始まったとき
  • 同じ主張が繰り返され、終話に応じてもらえないとき
  • 金品・特別対応など、過剰な要求が執拗に続くとき
  • 「SNSに晒す」「家まで行く」などの示唆があったとき
  • 担当者が「一人では対応が難しい」と感じたとき

重要なのは、担当者自身の判断で上長に引き継いでよいと明文化しておくことです。基準を組織として定めておけば、「自分の対応が悪かったのではないか」という個人の負い目から、現場を解放できます。

④終話・上長交代の手順

エスカレーションの基準に達したら、通話を切り上げる、または対応を引き継ぐ段階に移ります。マニュアルには、この手順を所作のレベルまで落とし込みます。

  • 上長交代を申し出る言い方(担当を上の者に代わる旨を伝える)
  • 終話を切り出す言い方(これ以上は対応しかねる旨を、丁重に伝える)
  • 引き継ぎ時に上長へ渡す情報(経緯・要求内容・通話時間)

終話や上長交代は、現場が最も言い出しにくい場面です。だからこそ、そのまま使える言い回しを用意しておくことが効きます。具体的なトーク例は録音告知・終話・上長交代のトーク例にまとめています。

⑤録音・記録の運用 — 告知・保存・閲覧権限をセットで

通話録音は、カスハラ対応において抑止・証跡・組織対応・従業員保護に有効な手段です。言動の事実を担当者の主観に頼らず確認でき、上長交代や関係機関への相談の材料にもなります。ただし、録音だけでカスハラを完全に防げるわけではありません。あくまで他の対策とあわせて機能するものです。

録音をマニュアルに組み込む際は、運用ルールを次の要素までセットで設計します。

  • 告知 — 通話の冒頭で録音を伝える(録音している旨のアナウンス)
  • 利用目的の明示 — 何のために録音・保存するのかを定める
  • 保存期間 — どれだけの期間、どこに保管するか
  • 閲覧権限 — 誰が、どの手続きで録音を確認できるか
  • 従業員への周知 — 録音の運用を従業員にも知らせる

これらを曖昧にしたまま録音だけ始めると、運用が形骸化したり、かえって不信を招いたりします。録音が現場をどう変えるかは録音という対策で、システムとしての実装は製品(録音の実装)で解説しています。

⑥相談体制と再発防止

個別の通話を超えて、組織として受け止め、振り返る仕組みを定めます。これは措置の「相談体制の整備」「記録・再発防止」に直接対応する部分です。

  • 相談窓口(誰に、どう相談するか)
  • 事案の共有方法(記録の様式、共有の範囲)
  • 振り返りの場(事案をもとに、対応や基準を見直す)

記録を残す目的は、被害を個人の記憶に閉じず、会社が確認・判断・対応するための材料にすることです。蓄積した事案を定期的に振り返ることで、マニュアル自体も実態に合わせて更新できます。

⑦従業員のケア

最後に、対応した従業員へのフォローを項目として明記します。カスハラ対応は、解決すれば終わりではありません。対応後に担当者が受けた心理的負担に目を向けることが、人を守る対策の要です。

  • 対応直後の声かけ、状況の聞き取り
  • 必要に応じた配置・業務の調整
  • 相談先(社内・社外)の案内

「あなた個人の問題ではない」というメッセージを、仕組みとして伝えることが、現場の安心につながります。

マニュアル作成の進め方

項目がそろったら、次の手順で形にしていきます。

  1. 自社の実態を棚卸しする — どんな電話が、どの部署に多いか。過去の事案を集める。
  2. 判断基準と手順を言語化する — 上記7項目を、自社の業務に合わせて記述する。
  3. そのまま使える言い回しを用意する — 終話・上長交代・録音告知などのトーク例を添える。
  4. 周知し、研修する — マニュアルは配って終わりではなく、共有して初めて機能する。
  5. 運用しながら見直す — 振り返りの結果を反映し、定期的に更新する。

最初から完璧を目指す必要はありません。まず骨格をつくり、現場の声を取り入れながら育てていく姿勢が、続くマニュアルにつながります。

まとめ

  • 電話対応マニュアルは、①定義と線引き ②初期対応 ③エスカレーション基準 ④終話・上長交代 ⑤録音・記録の運用 ⑥相談体制と再発防止 ⑦従業員のケアの7項目で構成する。
  • これらは、事業主が講ずべき措置(方針の明確化・相談体制・適切な対応・記録と再発防止)を、現場の手順に翻訳したものである。
  • 正当なクレームとカスハラは別物であり、線引きは正当な苦情を萎縮させないために置く。配慮が必要な相手への視点も忘れない。
  • 録音は抑止・証跡・組織対応・従業員保護に有効だが、告知・保存期間・閲覧権限・利用目的・従業員周知をセットで設計し、他の対策とあわせて運用する。

2026年10月の義務化に向けて、マニュアルの整備はいま着手すべき準備のひとつです。自社の電話対応を、担当者ひとりの努力に委ねるのではなく、組織の手順として描き直すことから始めてみてください。