「ご本人もご家族も、つらいから強い言葉になってしまうのはわかる。でも、職員がここまで追い詰められていいのだろうか」——病院やクリニックの受付・電話・診療の現場では、こうした迷いがつきまといます。患者やご家族の訴えの背景には、痛みや不安、先の見えなさがあります。だからこそ、医療機関でのカスタマーハラスメント(カスハラ)対策は、ほかの業種以上に慎重さを求められます。

この記事では、医療特有の事情を踏まえながら、正当な訴えとカスハラの線引き、そして録音・記録をどう運用すれば職員を守れるかを整理します。なお本記事は、医療・法務の専門的な助言ではありません。個別の判断は、それぞれの専門家にご相談ください。

医療現場ならではの、難しさ

医療機関のカスハラには、ほかの窓口対応とは異なる事情があります。

第一に、訴えの背景に病状や不安があること。検査結果を待つ時間、思うように進まない治療、説明への理解が追いつかない場面——患者やご家族の苦痛が、強い言葉や繰り返しの問い合わせとなって現れることは珍しくありません。これらの多くは、責められるべきものではなく、ケアの対象です。

第二に、正当な訴えとの線引きが特に難しいこと。待ち時間、説明の不足、費用への疑問は、改善すべき正当な要望であることも多くあります。医療の専門性ゆえに、患者側が情報の非対称を感じやすく、不満が生まれやすい構造もあります。

第三に、それでもなお、社会通念上の一線を越える言動が起こり得ること。受付や電話口での暴言、威圧、長時間の拘束、特定の職員個人を名指しした攻撃などは、背景に事情があったとしても、職員の就業環境を害します。

病状・特性への配慮を、前提に置く

線引きを考えるうえで、まず確認しておきたいことがあります。強い言動のすべてをカスハラとして扱うわけではない、ということです。

たとえば、認知症の方の混乱、精神疾患や障害特性にともなう言動、強い痛みや不安からくる一時的な感情の高ぶりは、医療・介護として受け止め、配慮すべき場面です。これらを一律に「迷惑行為」と切り分けてしまえば、必要な医療から人を遠ざけかねません。

そのうえで、組織として向き合うべきなのは、手段・態様が社会通念上の一線を越えた言動です。厚生労働省の考え方でも、カスタマーハラスメントは「顧客等の言動のうち、社会通念上許容される範囲を超えたものにより、労働者の就業環境が害されるもの」と整理されています。要望の内容に妥当性があるかどうかだけでなく、その伝え方・態様が相当か、そして職員が苦痛を受け業務に支障が生じていないかを、あわせて見ることになります。

「正当な訴え」と「カスハラ」は地続きで、はじめは正当な要望でも、対応の途中で態様が一線を越えることがあります。大切なのは「患者か、カスハラか」を一刀両断することではなく、一線を越えたかどうかを、組織として一貫した基準で見ることです。自院の状況が判断に迷うときは、これってカスハラ?や、正当なクレームとカスハラの違いもあわせてご確認ください。

なぜ、録音・記録が職員を守るのか

医療現場でカスハラが起きたとき、もっとも避けたいのは、職員が一人で抱え込むことです。録音・記録は、その負担を個人から組織へ移すための、現実的な手立てになります。

  • 「言った・言わない」を防ぐ — 受付や電話でのやり取りは、後から経緯が問われることがあります。事実が残っていれば、職員の主観や記憶だけに頼らずに確認できます。
  • 職員を個人で抱えさせない — 記録があることで、現場の判断を上長や組織が引き取りやすくなります。特定の職員個人への攻撃を、組織の対応に引き上げる起点にもなります。
  • 対応の一貫性を保つ — 複数の窓口・複数の担当が関わる医療機関では、記録の共有が、患者ごとに対応がばらつくことを防ぎます。

録音が現場をどう変えるかは、録音という対策でくわしく解説しています。ただし、録音だけで保護が完結するわけではありません。相談窓口や職員のケアとあわせて運用することが前提です。

医療機関でできる、具体策

無理なく始められるところから、体制を整えていきます。

  1. 電話・受付の録音と、その告知 — 録音していることを案内表示や音声ガイダンスで事前に伝えます。「録音している」と知らせること自体が、過度な言動を抑える効果を持つことがあります。
  2. 複数名・上長対応への切り替え — 一定のラインを越えたと判断したら、担当者一人に対応を続けさせず、複数名や上長が引き取る運用を決めておきます。
  3. 診療情報と切り分けた記録運用 — トラブル対応の記録は、診療内容そのものとは目的を分けて管理します。何のための記録か、誰が閲覧できるかを明確にします。
  4. 相談体制の整備 — 職員が「これはおかしい」と感じたときに、すぐ相談できる窓口を設けます。判断を現場に丸投げしないことが、抱え込みを防ぎます。
  5. 職員のケア — つらい対応のあとに声をかけ、必要なら配置や担当を見直す。被害を受けた職員を守る姿勢を、組織として示します。

医療情報の取り扱いには、特に慎重に

録音・記録には、患者の氏名や病状など、個人情報・要配慮個人情報が含まれ得ます。医療機関では、ここに特段の注意が必要です。

  • 利用目的を明示し、周知する — 何のために録音・記録するのかを、患者にも職員にも明らかにします。
  • 告知する — 録音している事実を、事前に案内します。
  • 保存期間を定める — 必要な期間を超えて保持しないルールを決めます。
  • 閲覧権限を絞る — 誰がアクセスできるかを限定し、診療情報とは管理を分けます。

これらは、患者の信頼を損なわないために欠かせない運用です。具体的な取り扱いは、自院の規程や個人情報保護の専門家の助言にもとづいて整えてください。

義務化という、背景

2026年10月からは、改正労働施策総合推進法により、事業主のカスハラ対策が義務化されます。医療機関も例外ではなく、職員を守る体制づくりが求められることになります。詳しくは法令・義務化をご確認ください。

対策を、形にする

録音や記録の体制づくりは、設備の見直しから始められます。既存の電話環境に後から録音を加えるなら、後付けで導入できる RecordingBOX という選択肢があります。受付や複数の診療科をまたぐ運用をクラウドで整えるなら、業界に合わせて構成できる Cloud PBX も検討できます。自院の規模や環境に合わせた進め方は、製品(対策の実装)で整理しています。

患者やご家族の正当な訴え、その背景にある不安や苦痛を、軽んじることがあってはなりません。配慮を尽くしたうえで、それでも一線を越えた言動から職員を守る。その両立を支えるのが、記録と体制です。